西洋神秘伝統の歴史(ルネサンス1)

ルネサンスのはじまり。「知」の再生の時代

”ルネサンス”とはフランス語で「再生」を意味する。元々、ヨーロッパで発展していた秘教的な「知」の学問は、キリスト教の弾圧により、その地では死に絶えてしまうこととなる。しかし、研究者たちは弾圧を逃れ、アラビアなどを代表としたキリスト教圏よりも東方面の土地に移り、知を発展させていた。そして、このルネサンスの時代より、その進んだ知がヨーロッパのキリスト教圏に再流入。ヨーロッパにあって、キリスト教に縛られない自由な思想や表現を再生していこうとしたのだ。

このルネサンスの時代には、蒼々たる知識人達が名を連ねる事となる。彼らは、中世の闇の時代から近代の科学へと続く「知」のかけはしともなったもの達である。その各々が、現代においては深く研究され、多くの研究書や、研究者達が生まれている。もし、ここで、それらについて語ろうとすれば、とても多くのページ量となってしまうだろう。よって、ここでは、西洋神秘伝統に関わりの深いもの達についてだけを、浅く触れるだけにとどめる。もし、興味を持った学徒がいれば、彼らについての研究書を読むなりしてほしい。きっと、多くのものを得ることができるだろう。

ルネサンスの知識人達。「魔女への鉄槌」。ユダヤ人追放

マルシリオ・フィチーノ(http://ja.wikipedia.org/wiki/ファイル:Ficino3.jpgより)

まず、このルネサンスをイタリアにて発展させた立役者として、メディチ家があげられるだろう。メディチ家はその莫大な富を持って、ルネサンス時代の学問や芸術家達のパトロンとなる。メディチ家の庇護の下、マルシリオ・フィチーノ(1433−1499)は「知」を研究する集まりである、プラトン・アカデミーの中心人物となり、当時はギリシア語で伝わっていたヘルメス文書やプラトン全集をラテン語に翻訳、ルネサンス思想の基礎を作る事となった。

また、彼の弟子であるピコ・デラ・ミランドーラ(1463−1494)は「人間の尊厳について」などを著した人文主義者だったが、この頃においては、まだユダヤ教だけのものだった神秘教義「カバラ」を積極的に研究し、キリスト教へと融合する考え方を広めようと尽力。結果、ユダヤ人のみにとどまらないカバラの利用法、クリスチャン・カバラを創始した人物としても知られる。彼の後を継いだのが、ドイツに生まれたヨハネス・ロイヒリン(1455−1522)である。ユダヤ・カバラから枝分かれしたクリスチャン・カバラにヘルメス学、魔術の思想を吹き込み、より魔術要素の強いオカルト・カバラあるいはヘルメティック・カバラ、魔術カバラへと発展させていく。

1462年にはヨハネス・トリテミウスが生まれる(1516年没)。彼はドイツの修道院長であり、魔女の妖術を強く非難していたが、実は神秘伝統に造詣の深い人物であった。また彼は、「ステガノグラフィア」という書物を著し、これが当時においては意味不明の書物であったため、魔術の書であるとして糾弾される事となる。後に、その書物が暗号について書かれた書物であることが証明される事となり、現代では彼は暗号学の大家であるとされている。

そして、西洋神秘伝統界に、その名を響かせる、かのハインリッヒ・コーネリアス・アグリッパ(1486−1535)がドイツに生まれる。彼はヨハネス・トリテミウスの門下生でもあり、その著書「オカルト哲学三書」によって、後の西洋神秘伝統に多大なる影響を与えた。同じ頃、スイスにはパラケルスス(1493−1541)が生まれる事となる。彼はそれまでの、西洋神秘伝統と医学の関連について見直し、西洋神秘伝統の、新たな活用法を提唱した。

この時代においては、これらの偉大なる「知」のメンバーが並ぶが、そんな中、1486年、有名な悪書「魔女への鉄槌」が生まれる事となる。この書は、魔女を悪なるものとし、具体的な魔女の告発の方法を書いていたため、後の「魔女狩り」と呼ばれる悲劇に重大な役割を果たすこととなる。また、1492年には、スペインにてフェルディナンド王とイザベラ女王がその地より、ユダヤ人たちを追放する。この頃、スペインはユダヤ人たちのカバラ研究の中心地となっていたのだが、この事件により、カバラの研究者や資料は、ヨーロッパ各地に流れ広まっていくこととなる。

印刷術とタロットカードの普及。フリーメーソン

フリーメーソンの儀式用広間(http://en.wikipedia.org/wiki/Freemasonryより)

15世紀頃の時代の特筆すべき事として、印刷術が使われだしたという事が挙げられるだろう。これにより、書物が次第に普及していくこととなる。今では占いや西洋神秘伝統に関わりが深いものとして知られる、「タロット・カード」の普及にも、この印刷術が大きく貢献したと言われている。タロットのルーツとしては、今でも様々な説があり、まだまだ解らない状態であるが、現在のタロットのような大アルカナが22枚の構成になるのは、ルネサンスの頃の知識人達が「カバラ」の教義を元にした為とも言われている。

また、16世紀頃からは、よく陰謀論などで有名なフリーメーソンと呼ばれる団体が歴史に登場してくることとなる(実際には、そのほとんどは友愛を理想として掲げた普通の社交団体だった模様であるが)。フリーメーソンの発祥は伝説では、ソロモン王の神殿の建設まで遡るとも言われている。ソロモン王の神殿の建設において、中心的な役割を果たしたのがヒラム・アビフという人物であり、彼の下、ソロモン王の神殿を建設した優れた技術職人集団がフリーメーソンの発祥だとされているのだ。しかし、その技の秘密を聞き出そうとした、3人の職人たちにヒラム・アビフは殺されてしまう。その為、フリーメーソンでは、このヒラムの故事にもとづき、志願者が親方階級に昇任するときに、儀式をもってヒラムの死を疑似体験するという方法が行われているという。

また、フリーメーソンの系譜を受け継ぐ団体は∴という記号を用いるが、この三つの点はヒラムを殺した三人の職人を表しているとされている。この三人の職人は、後の神秘伝統的には、人間の精神の三つの神秘的機能を指すのに用いられるともされている。以上のように、伝説ではとても古い発祥を持つ、フリーメーソンだが、実際は、中世の頃の石工職人の団体たちから生まれたものだと言う説が有力となっている。また、フリーメーソンは、団体としての活動として、位階制を持ち集団での儀式を行っていたが、この特色は、後の神秘伝統の結社団体の活動にも大きな影響を与えた。


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