アレイスター・クロウリー伝(パリ作業。ノイバーグとの別れからアメリカ時代まで)

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「パリ作業」

13年の末から、クロウリーとノイバーグはパリのアパートの一室に落ち着き、「Paris Working(パリ作業)」と呼ばれる一連の魔術実験を行う事となる。この実験の目的はジュピターやマーキュリーなどの神々を召喚し、その力によりノイバーグが金銭を授かる事(つまり、その後にノイバーグからクロウリーが金を吸い上げること)を目的としたものであったという。また、その主な方法として、新しく入手したOTOの性魔術技法を利用。特にクロウリーとノイバーグの同性愛魔術を中心とするものであった。

ノイバーグの肖像画
(ノイバーグの肖像画)

この実験中には、両者とも多くの魔術的体験をしたようだ。ある時クロウリーは、マーキュリーの象徴である蛇が部屋中に一杯になった幻視を得たという。また、古の神々が、この世界に新しい時代をもたらすために、今、世界を支配している「奴隷の神々」を射る「怒りの矢」として、クロウリー達を選んだのだとも教示されたという。そして、この実験中には、危険な託宣も授かることとなる。それは、神への最良の生け贄として、若い女性を強姦して殺し、その死体を9つに分けて各部をギリシャの神々に供えよ、というものであったという。

しかし、クロウリー達はこの託宣を完全に無視する。これは、少なからぬ読者にとって、クロウリーの意外な面を伝える良い例といえるであろう。少し話は逸れるが、ここでクロウリーについて、これは学徒に知っておいてほしいということを記しておこう。現在、クロウリーにまつわる誤解として、彼は魔術儀式で何度も殺人を行い、それを生け贄として悪魔や邪教の神に捧げたとするものがあるという。また、それに類似するものとして、彼の世界最大悪人という悪評をそのまま受け取って、彼が、その存命中にやりたい放題の犯罪を行ったと捉えている人もいるかもしれない。

しかし、実際には彼は(少なくとも物質界で)殺人を行ったことは無かった。また、それどころか彼は重罪になるような犯罪、法律違反さえ行ったことは無かったのである。麻薬をやっていたではないかと思う学徒もいるかもしれない。しかし、彼の時代では、まだ麻薬に関してはあまり厳しくは規制されておらず、事実上、野放しに近い状態の国が多かった。クロウリーは、その悪評により、国外追放になることはあったが、法を犯し逮捕され刑に服すということは無かったのである。

後世、クロウリーは噂が一人歩きし、そのダークなイメージから社会に対するアンチヒーロー的な扱いをされる事も多かったようである。また、彼の著作を読んで、その毒に惑わされる人も多かったであろう。しかし、よくよく彼自身の人生を調べてみると、彼自身は意外と社会的な規範に沿った行動をしていたのだ。著作では大言壮語していても、実際には上手いこと自らの保身に注意していたのである。そして、現在でもきっと、彼の著作をそのまま信じ込んで悪行に走ったりする、知的懐疑心の足りない愚かな盲信者を霊界で嘲笑っているのだろう。学徒も、この点についてクロウリーに惑わされぬよう、よく理解しておいて欲しい。

話を戻そう。この魔術実験中には、クロウリーとノイバーグに彼らの前世が甦ったという。彼らは前世から深い因縁で結ばれていたというのだ。こういった数々の魔術的体験を得て、このパリ作業は翌年の2月半ばまで続き、一連の終わりを見る事になる。この作業のすぐ後、ノイバーグは親戚から意図しなかった金銭を授受する事が出来たという。クロウリーは、その結果をもって、この実験は成功に終わったと考えたようである。

ノイバーグとの別れ

しかし、2人の運命は意外な方向へと進む。前世から繋がっていたという仲の2人だったが、パリ作業を終えた頃には、ノイバーグの心中からクロウリーへの尊敬と情熱は失われ、逆に師匠への憎悪が溢れてしまっていたのだ。そして、ノイバーグは、とうとう師匠に別れを告げる。驚愕のクロウリー。しかし、実はこれには、3年ほど前から続く、ある一連の経緯があったのだ。

1910年頃、クロウリーはエレウシス儀礼上演の為、一般人から踊り子を募集したのだった。その際に応募してきたメンバーにイオナ・ド・フォレという女性がいた。彼女は実際に踊り子として雇われ、クロウリーの下で働くことになる。しかし、彼女は同時にノイバーグと恋仲になってしまったのだ。これにクロウリーが激怒。フォレに呪いの黒魔術を行ったという。そして、その黒魔術が効いたのかは定かでは無いが、フォレは実際に、クロウリーの黒魔術のすぐ後に拳銃で自殺してしまったのだ。

この顛末はクロウリー自身も後に「魔術 理論と実践」という著作で自らの(黒)魔術の成功の自慢話として触れている。しかし、フォレの自殺に、ノイバーグは深いショックを受けたのだった。この事件の後、ノイバーグは、しばらくは(少なくとも表面上は)師匠への敬意を保ち続けたようである。だが、パリ作業を終えた頃に、これらの思い出がノイバーグに鮮やかに蘇ってきたのであろう。もう、この人物とは一緒にはいられない。彼はそう意を決し、クロウリーに別れを告げたのだった。当然、クロウリーは激怒。ノイバーグにも呪いの黒魔術を行うと脅したという。しかし、ノイバーグは帰っては来なかった。

ノイバーグという有力な弟子に逃げられたクロウリー。しかし、彼はパリ作業自体は成功したと考える。そして、OTOの魔術体系の価値を認め、この直後にOTO用の高位階用の文書を多く執筆したのだった。しかし、この頃にはクロウリーの生活は金欠の為、かなり荒れてきており弟子達にたかって、いよいよ、その日暮しの生活をしていたようだ。また、この時期から彼は、各地でゆきずりの売春婦や同性愛者を捕まえて性魔術の乱れた研究を行うようになる。

アメリカ時代

14年7月、クロウリーは登山の為、スイスのアルプスに渡った。しかし、この間に第1時世界大戦が始まる事になる。こういった戦いに血が騒ぐ性格だったクロウリーは、すぐにロンドンに戻り、祖国イギリスの為として軍関係の公職に就こうとしたようである。彼は自分を客観的に見る目に欠けていたのだろう。もちろんこれまでの散々な悪評から、当局から却下された彼は、その後、11月に再度海を越えアメリカに渡る事にする。

Jeanne Fosterの写真
(Jeanne Foster)

そして、イギリス国への腹いせに、あろうことか、しばらくドイツのスパイに雇われて、ドイツに味方するプロパガンダ記事を書くなどの活動をしている(後に彼は、実はこの活動は親ドイツと見せかけ、実はドイツを貶めるイギリスの為の活動だったと自己弁護をしている)。この記事で小金を稼いだ彼は、アメリカ各地を渡り歩きながら、OTOの団員であるCharles Stanford Jones(以後、一般的に有名な名前のフラター・エイカド、あるいはエイカドと呼ぶ)等とも会い、新大陸各地で性魔術の実験を行った模様である。

15年6月10日、クロウリーは2人の女性と出会う。一人はJeanne Foster(以後フォスター)、もう一人は、その友人Helen Westley(以後ウエストリー)である。このうち、フォスターは女優としても活躍していたほどの美女であり、クロウリーはフォスターに激しく惚れることになる。フォスターも彼の求愛を受け、彼らは共に性魔術儀式を行い、クロウリーは、この時に自分の息子を作ろうとまで思ったようである。儀式終了後、彼はこの儀式を成功したと考えたようだが、結局、フォスターは妊娠せず、しかも彼女はあっさりとクロウリーを捨てて他の男へと移ってしまう。クロウリーは、この失恋によほど衝撃を受けたらしい。彼女にふられて5年ほどたった後でも、まだ彼女に向けて未練がましい詩を書いているのだ。そして、フォスターにふられたクロウリーはやけくそになったのであろう。直後にウエストリーもひっかけて、ヤスリをかけた犬歯で彼女に情熱的に噛みつくキスを伴う、激しい変態的性魔術儀式を行ったそうである。

「魔術的息子」誕生と9=2昇進

結局、ウエストリーともすぐに別れたクロウリーは、今度はAnanda Coomaraswamyの妻Alice(以後アリス)と仲良くなり、16年4月15日、クロウリーと人妻アリスは性魔術儀式を実施。アリスはこの儀式により妊娠したのだが、結局流産してしまった模様である。この時期、クロウリーはこの様な性魔術儀式を続けて行ったりして、かなり「息子」を欲しがっていたようである。しかし、事態は思わぬ方向へと動く。彼が15年の秋分に「息子」を得るための実験を行った9ヵ月後。確かに彼に「息子」が生まれる事となったのだ。しかし、それは彼と血が繋がっている実の息子では無かった。

フラター・エイカドの写真
(フラター・エイカド)

フラター・エイカドが16年6月神秘体験をした事により、深淵の誓いを行って、自らが「神殿の首領(8=3)」の位階の存在となったと、クロウリーに伝えたのである。このエイカドの行為は、それまでの2=9という低い位階から、途中の段階を抜かして、一気に8=3という高位階までの昇進を行ったというものであり、通常、魔術界では、こういった不正とも言える行為は相手にされない。しかし、前述したようにクロウリーが「息子」を作るための儀式を行ってから、人間の妊娠期間とされる、ちょうど9ヵ月後にエイカドから報告が来た事。また、エイカドも魔術的事柄に関する大きな発見をした事から、クロウリーはエイカドこそ、彼を自らの「魔術的息子」と認め、それをとても喜んだようである。

エイカドが魔術的息子になる前の年、クロウリーは自らが「神殿の首領」の位階を終え、「術士(メイガス)」(9=2)の位階に達したと宣言を行っていた。しかし、エイカドが「神殿の首領」になった為、彼には焦りが起きた模様である。クロウリーは自らの優位性を示そうと、自らが「術士」である事の証明という奇妙な儀式を行ったのだ。その儀式とは、まず蛙を捕まえる事から始まる。その蛙は、洗礼を施されナザレのイエスと見立てられたのだ。そして、救世主になった哀れなその蛙をクロウリーは、突き刺したり焼いたりして殺し、しまいには食したのである。これをもって、彼は自らの魔法名を「マスター・セリオン」あるいは「獣」と改名。この一連の行為により、自らが9=2である事を証明したという。そして、その後、彼はしばらく、ニューハンプシャーで魔術的隠遁に入り、麻薬と魔術を用いた作業に没頭したのだった。

「アマラントラ作業」

17年頃からRodie Minor(以後マイナー)という女性と恋仲になったクロウリーは、彼女のアパートに移り共に生活するようになる。クロウリーに勧められ麻薬をやるようになったマイナーはやがて、以前のデスティ同様、様々な魔術的な幻視を見るようになる。そして、その一連の幻視の中に老魔術師「Amalantrah(アマラントラ)」という存在が現れることになる。この存在も、クロウリーに魔術的啓示を与えた為、クロウリーはこの存在と様々な交流を行うことになる。

この交流の中でも特筆するべきものとして、クロウリーが自分の魔術名「セリオン」を、獣の数字666と同数価のヘブライ文字で表すとどのようになるかを、アマラントラに問いかけたというものがあった。その時点では答えは得られなかったが、後にクロウリーの下へ、見知らぬヘブライ学者から手紙が届き、その内容から解決法が得られたという興味深い魔術的体験(共時性とも考えられる)が報告されている。

英国への帰還

結局、マイナーとも別れ、ニューヨークに戻ったクロウリーは、1918年の夏、シーブルッグをはじめとした知人達に金銭を工面してもらい、魔術的隠遁に入るとしてイソップス島に籠もったそうである。この際に彼は工面してもらった費用を全て、赤ペンキとロープにつぎこんで、島の崖にセレマの有名なフレーズ「全ての男女は星である。汝の意志するところを為せ。それが法の全てなり」を大きく書き、通りがかる船に乗っている人達に見せたという。

この島での隠棲中にクロウリーは、魔術的な幾つかの能力を得たそうである。その一つとして、様々な前世の記憶を蘇らせた事が挙げられるという。彼曰く、その前世は葛玄であったり、人類を導く秘密の首領たちの一人であったり、エリファス・レヴィやカリオストロ伯爵であったそうである。また、島から帰還後には知人のシーブルッグの目の前で、道の前を歩いている人を手も触れずに転倒させる魔術的技術を披露したそうだ。

19年の初め、クロウリーは、次の恋人Leah Hirsig(レアー・ハーシグ。以後ハーシグ)を見つけている。そして、同年夏もクロウリーは魔術的隠棲を行ったのだった。しかし、この隠棲は前回ほどの成功をおさめなかったようである。彼は自らを動かす魔術的な大きな力が、ヨーロッパに帰れと告げていると捉え、新大陸に巨額な借金を残したまま同年12月、ロンドンにトンズラしたのであった。


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