西洋神秘伝統の歴史(中世1)

中東での「知」の発展

キリスト教の繁栄と共に、ヨーロッパのキリスト教圏においては、古代から伝わる異教の教義を元とした「知」の学問や資料は激しく弾圧される。彼らにとっては、唯一なる主から賜る知識以外は、邪教の邪悪なる知識であるとしか考えられなかったのだ。ヨーロッパに知の闇の時代が訪れている間、逆に、アラビアなどのヨーロッパのキリスト教圏より東方の地域へは、迫害された知識人達が移り住み、彼らにより古代ギリシアの学問を中心とした異教の知が研究され、大いに発展していく事となる。

この頃、東方で発展した学問には、様々なものがあったが、神秘伝統的には、錬金術の知識の発展が大きな意味を持つだろう。元々、錬金術(Alchemy)は、古代エジプトで生まれたとされ、その後、ヨーロッパなどの各地でも研究されだした。ただ、この頃における錬金術とは現在の化学や医学のルーツともいえる技術と神秘的な意味合いのものが混じり合っており、今でいう自然に対する研究を主眼とした、一種の「総合科学」とも言われるようなものであったと推測されている。

錬金術師は伝説を遡ると、遙か昔まで辿れる事になるが、本当に実在したと考えられている最古の錬金術師は、3世紀頃のエジプトのパノポリスのゾシモスであると言われている。彼は実際の冶金技術にも通じていたが、それよりもプラトンやグノーシス派の影響の下、錬金術を人間の精神の変容の技術として捉えており、後世の錬金術師達から崇敬される存在となる。また、この頃には遙か東方の中国でも錬金術と似た錬丹術が大きく進歩し、「抱朴子」などの書も記された。

イスラム教の誕生。ユダヤ教神秘主義

そして570年、アラビア半島のメッカにムハンマド(マホメット)が生まれることとなる。彼は、40歳の頃、瞑想をしていた時に大天使ジブリール(ガブリエル)から、アッラーの啓示を受けたとされている。彼はそれを元に一大宗教、イスラム教を作り上げ、中東付近は、このイスラム教の大きな影響を受けることとなる。680年頃に生まれたウマイヤ朝の王子、ハーリド・ブン・ヤズィードは、そのイスラム教の下、錬金術の発展に大いなる貢献を果たす。彼はまだギリシアなどに残っていた錬金術書を中東に集め、アラビア語に翻訳する大がかりな計画を実行。これにより、中東での錬金術研究は大きな発展を果たしたのだ。

8世紀にはゲーベルが登場する。彼は多くの著作を書いたアラビア最大の錬金術師と呼ばれる。そして、10世紀ごろ、アラビアにて秘教の一大研究書である「ピカトリクス」が生まれる事となる。この本の筆者は不明であり、一説には数学者アル=マジュリーティーであるとも言われる。その内容は魔術や占星術の秘儀に満ちているとされ、後にラテン語に訳され、ヨーロッパにも広まる事となり、ルネサンスの偉人たちの思想に多大なる影響を与えた。

時間は戻ることになるが、2世紀頃、ユダヤ教徒達の間では、ユダヤ教の神に対する理解をより深めようと、ユダヤ教神秘主義の研究が進んでいた。そして、「イェツィラーの書」と呼ばれる重要な書の編纂が行われはじめる。この書の成立年代は今でもよく分かっておらず、研究者によって2から6世紀と幅広く言われているが、近代の有名なカバラ研究者ゲルショム・ショーレムによると、3世紀頃に成立したのではとされている。この書の筆者は不明だが、一説にはサアディア・ガオンなる人物ではないかとも言われている。この本にはユダヤ神秘主義の教義として、はじめて「セフィロト」の言葉が出てくる。また、22のヘブライ文字の教義も含まれる。しかし、この段階ではまだ、「生命の樹」に関する教義は生まれていなかった。

アーサー王伝説

アーサー王(http://ja.wikipedia.org/wiki/ファイル:Artus2.jpgより)

場所は変わり、イギリスでは、6世紀初めまでの分裂し混乱していた国をアーサー王が統一したという伝説が生まれることとなる。実際にはアーサー王とは、9世紀くらいから12世紀にかけての物語で作られた架空の人物と言われているが、このアーサー王の物語はキリスト教的な考えの下に高潔な騎士達が活躍、また様々な異能を操る登場人物も活躍し、後の世で大きな人気を集めることとなる。主な登場人物としてはアーサー王を中心に、グィネビア姫、円卓の騎士のランスロット、ガウェイン、ガラハッド、パーシヴァル、そして魔法使いマーリンや魔女モーガン、湖の乙女ヴィヴィアンなどが挙げられるであろう。

この物語を神秘伝統的に見ると、その重要な要素として、魔法使いマーリンの存在と、「聖杯探索」があげられる。元々、古代のヨーロッパではケルト人が大きな影響力を持っていた。彼らの中でも特に秘教の知恵に優れたものは、ドルイドと呼ばれ、その神秘的な伝統も多く伝えられていたと見られている。しかし、キリスト教化により、それらの伝統は消されていくこととなる。その消されかけたドルイドの神秘の伝統を受け継ぐものを人物化したのが、マーリンとされるのだ。また、聖杯は全てのものに癒しと幸福をもたらす象徴として、劇中の登場人物達が探し回る聖なる象徴だったが、これは、後の世の実際の秘教伝統でも、その実在を問わず、とても重要な象徴として扱われている。

十字軍。中東の「知」のキリスト教圏への流入。テンプル騎士団

テンプル騎士団の紋章(http://ja.wikipedia.org/wiki/ファイル:Seal_of_Templars.jpgより)

ヨーロッパのキリスト教圏を覆う、知の闇の時代に変化が訪れるのは、1100年頃、十字軍が中東に攻め込んだ時代からである。キリスト教にとっても聖地であるエルサレムは、この時代にはイスラム教諸国の支配下にあった。そのエルサレムをキリスト教側に取り戻そうと、ヨーロッパのキリスト教圏の統合軍である十字軍が中東方面に攻めいったのだが、現地でヨーロッパと中東の人々の交流も生まれ、中東の進んだ知識が、逆にヨーロッパにも入ってくるようになる。これらの影響もあって、キリスト教が独裁的に人々を支配下においている時代は、一種の暗黒時代であると考えるもの達も出てきた。

この十字軍の初回の侵攻は成功に終わり、ヨーロッパ側で聖地エルサレムを確保することになる。この成功を受けて11世紀頃成立したのが、テンプル騎士団と呼ばれる団体である。これは、エルサレムへの巡礼に向かう人々を保護するために設立された、修道士にして戦士達の集団とされる。このテンプル騎士団は法王の認可も受け、大きな勢力を誇ることとなるが、やがて時の権力者達にその力を危ぶまれ、また、その所持していた莫大なる富を奪うための策略にはめられ壊滅してしまう。


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