ヨガについて

ヨガとは

「ヨガ」あるいは「ヨーガ」とは、古代インドに生まれた重要な神秘行体系の一つである。このヨガ(yoga)という言葉は本来、「軛(くびき)をかける」を意味する。古代において、牛や馬などは、この軛というものをかける事により制御され、農作業などに使用されていたのだが、この言葉が転じて人間の心身を制御する神秘行がヨガと呼ばれるようになったのだ。

元々、古代より瞑想や苦行を心身に課すことによって、人を越えた存在になろうという考え方や方法は人々の間に広まっていたが、釈迦の解脱の話などの影響を受けて、ヨガは紀元前2〜4世紀頃に理論が纏められ、「解脱」を目的とした精緻な意識制御の実践方法体系となった。

そして、このヨガは日本にも伝わり”瑜伽”として古くより日本密教の中でも研究されてきたのである。統合神秘行は西欧の神秘伝統をベースとしているが、このヨガ(瑜伽)に関する事柄も多く取り入れて実践学習を行っていくことになる。

それは、統合神秘行では「意識」を認識し制御することを大きな目的としているのだが、このヨガという実践学習体系はその目的の為に、とても効果的な理論や実践方法を持っているからなのだ。学徒も、その点についてよく認識し学習を行っていってほしい。

ヨガの種類

一口にヨガといっても、現在、世界には幾つもの流派や考え方がある。その中心的な流派として挙げられるのが「ラージャ・ヨガ」と「ハタ・ヨガ」である。ラージャ・ヨガは古くより伝わる精神面の修行を重視した体系、ハタ・ヨガはラージャ・ヨガに比べて新しい体系であり、身体面からの様々な技法(アーサナ(座法)やムドラー(印相)など)を修した上で精神面を調和・制御していこうという体系であると考えられている。

現在、一般的にはヨガというと特殊な体操法でしかないと思われてしまう事もあるが、実際にはそれは、このハタ・ヨーガのアーサナの訓練の部分のみに焦点が当てられた偏った認識をされているものである。

他にヨガには日常生活をそのまま修行の場として捉える「カルマ・ヨガ」、何らかの対象への純粋なる”愛”にもとづいた「バクティ・ヨガ」、主にマントラ技法に焦点をあてた「マントラ・ヨガ」、クンダリニーに焦点をあてた「クンダリニー・ヨガ」など、様々な種類がある。

ヨガの訓練法

ヨガの実際の訓練法には、基本的な8つの段階があるとされる。それは初歩から順にヤマ(禁戒)、ニヤマ(勧戒)、アーサナ(座法)、プラーナヤーマ(調気法、呼吸法)、プラティヤーハーラ(感覚制御)、ダーラナー(精神集中)、ディヤーナ(瞑想)、サマーディ(三昧)となっている。

ヤマ(禁戒)

このうち、まずヤマ(禁戒)は、精神の修行をしていく上で避けるべき日常の事柄について説かれている。一般的には次の5つから成り立っている。

1 (不殺生)どうしても必要の無い殺生をしない。あるいは暴力をしない。
2 (不妄語)無意味に嘘をつかない。
3 (不偸盗)他人からものを盗まない。
4 (不邪淫)邪な性欲をもたない。
5 (不慳貪)不必要にものに執着しない。 

ニヤマ(勧戒)

次に、ニヤマ(勧戒)は精神の修行をしていく上で勧められるべき日常の事柄について説かれている。これも一般的には次の5つから成り立っている。

1 心身ともに清浄にあれ。
2 足るを知れ。
3 行をせよ。
4 よく学べ。
5 全ての中に神を見出せ。

これらは、昔からヨガを学ぶ多くの学徒の規範となるものであった。しかし、精神世界に惹かれる人に時々見られることだが、中にはこれらの戒を絶対なるものと信じ込んでしまう人もいる。古代において作りだされた、こういった規範を絶対に守るべきものであると教条主義的に信じ込んでしまうのだ。しかし、それは心にとてもバランスの欠いた状態を作り出してしまうことになる。

ヤマとニヤマの現代的意味

現代の統合神秘行の学徒は、こういった点について、西欧神秘伝統とヨガを統合した先達であるクロウリーの次の言葉をよく理解するべきであろう。

−「後世の神学者たちは、<達人たち(マスターズ)>の教えに改良を加えようとして、これらの美徳に一種の神秘的な重要性を与えてきた。彼らがそうした美徳を強調したのは彼ら自身のためであり、それによって諸々の美徳を清教主義や形式主義に変えてしまったのである。例えば、元来は「虎に忍び寄ったりしてそれを興奮させてはならぬ」という意味であった「不殺生」が、極微動物を殺してはいけないから漉していない水を飲むのは罪だ、という意味に解釈されるに至っている」「こうした問題においては、いつも常識こそが案内役を努めなければならない。固定した規則を命令的に言い渡すことなどできないのだ」−。

本来、こういった戒律は、その言葉により真に目指すべきものがある。現代の神秘行の学徒としては、こういった言葉について、それをそのまま鵜呑みにしてしまうのではなく、その真意を汲み取ることにこそ留意するべきであろう。これについても、クロウリーの次の言葉を引用しておこう。「<ヤーマ>と<ニーヤーマ>が目指すところは、いかなる感情や情念も精神を騒がせることがないような生き方をすることに尽きる、ということを覚えておいていただきたい」

アーサナ以降については、この後に詳しく触れていく予定である。


□学徒は上記を理解・記憶すること。

・ヨガという神秘行がある事を理解すること
・ヨガの8つの段階を記憶する事
・現代の統合神秘行の学徒としての「戒」の在り方について考える事。


・クロウリーの言葉は国書刊行会「神秘主義と魔術」P62−64から引用させて頂いた。


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