瞑想について


「瞑想」。これは、様々な神秘行において、共通して重要な実践学習法となるものである。”瞑想”という言葉自体は、現在、一般的にもよく知られている。しかし、実際に瞑想の目的や方法、内容というものを問われても、詳細に答えれる人はあまりいないものであろう。当教育コースでは、これから、この瞑想という実践学習法を、長い期間に渡って学習していく事になる。その為にも、まずここでは統合神秘行における瞑想についての概観の説明をしておこう。

瞑想の来歴

日本語としての「瞑想」の言葉は、字義的には目を瞑(つむ)り、何らかを想(おも)う行為から来ている。この瞑想は日本でも昭和の頃までは、宗教的な行為や武術などの何らかの修行を目的としたものとして見なされ、あまり一般の人は行おうと思うものではなかった。しかし、現在はスピリチュアリズムやヨガ、精神世界などがブーム的になってきた事もあって、割合身近に捉えられる行為となってきたと言えよう。

日本では瞑想は仏教の影響により、「悟り」を開くための苦行とのイメージも根強い。しかし、実際に瞑想を研究するべく、世界の各地の神秘行における瞑想を比較してみると、そこには瞑想への考え方や、その実際に行う方法に、かなりの違いがあることが見て取れる。

各種神秘行の瞑想

例えば、まず仏教とも関係の深い、インドの代表的な神秘行であるヨガにおいては、瞑想では思考を止め、自らのありのままの姿を知り涅槃へ至るという考え方で用いられる。それとは逆に、西洋の代表的な神秘行といえるGD伝統では、瞑想時には分析的思考を活用して、瞑想において見えたイメージから秘密の知識を学びとろうする考え方でよく用いられるのだ。

そして、中国の仙道という神秘行では、特殊な呼吸法により下腹に気を感じ、それを身体の中心線にそって回していくという、上記2つの神秘行とも全く違った考え方と方法を用いた瞑想の方法を行う。

元々、瞑想という概念自体はとても古くより、神秘を探求する世界中の様々な学徒達の間で、共通して用いられてきた重要なものであった。しかし、世界の各文化、宗教的背景の違いにより、瞑想には、その目的や実践法にも大きな違いが発生したのである。

当教育コースの瞑想

当教育コースにおいては、学徒にはそういった違いを理解し、その中でも多くの神秘行に共通する重要な事項を、特に学習してもらっていくつもりである。それは、自身の「意識」を知り理解し、それを制御するための知識と技法を身につけていくという事なのである。


□学徒は下記を理解・記憶すること。

・各種神秘行によって様々な瞑想法があるという事を理解すること。
・瞑想とは、自身の「意識」を知り理解し、それを制御するための技法を身につけていくものである事を理解すること。


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