錬金術について

錬金術、英語で「Alchemy」と呼ばれるこの術は、その言葉に見られる様に「Chem」=ケムの地、エジプトで生まれた技術であるとされる。その後、アラビアに移り発展したこの技術は、現在一般的には金に目の眩んだ愚者によって研究された盲目的な実験であり、せいぜい役に立ったところといえば、現在の化学の基礎となったと言う認識しかないのが現状である。しかし、神秘伝統においては、錬金術の真の目的は、人間や自然の様々なものを「黄金に象徴」される、「神の状態」へと高める事が、その目的であったとされるものなのだ。ここでは、統合神秘行を研究する学徒に、誤解と偏見に埋もれた、その秘儀的な錬金術の姿を少しでも説明しておこう。

錬金術のはじまり

発祥は、古代に見つけられた様々な金属の加工技術を元に、鉛などの卑属とされる金属から金を作り上げようとする、欲望にまみれた技術とされている。しかし、神秘伝統では、そういった考え方とは、かなり異なる見方をする。この錬金術(Alchemy)とは、最初の人間アダムが楽園を追放されたとき、それを憐れんだ天使ラツィエルから授けられた、2つの秘密の知識体系のうちの一つであるとされているのだ。その時、天使はもう一つの知識体系、「カバラ」と共にこの智恵を完全に修得すれば、人間は禁断の木の実の呪いから解き放たれ、再び楽園に帰る事が出来ると約束したと言う。

また、別の伝説では智恵の半神半人”ヘルメス・トリスメギストス”から授けられた一つの「学問」であるともされている。これらの伝説から、本来、錬金術とは物質的な金を求める事に、その目的があったのでは無いという事が理解できるであろう。その真の目的とは、自然の状態では不完全であるとされるものを神秘的な叡智による手法を用いて、”金”に象徴される、完全たるもの・至高の状態へと高める事だったのである。

賢者の石

錬金術師は全ての物質には本来「神」が内在し、完全なものへと成長していく性質があると説いた。その成熟には2つの方法があるという。一つは「自然」である。全ての物質は正しく成長すれば、本来、何もしなくても、やがて完全な物質である”金”の状態になると考えられていた。人間もかく在りである。しかし、自然に任せたこの作業は、この世界の様々な不純物に影響を受け、場合によっては果てしない時間がかかってしまう。人間などの生物では、完全な段階に至る前に、寿命がつきてしまうであろう。

そこで、錬金術師達は、神より授かった「叡智の技術」の介在により、短時間でこの作業を完成させようと考えた。その為には、完全な物質を作りだすための媒介となる秘薬が必要との結論に達する。それこそが、「賢者の石(Philosopher’s Stone)」あるいは「エリクサー(Elixir)」と呼ばれるものであった。

古来より、様々な錬金術師達が、神よりたまわりし叡智により、この秘薬を得ることに成功したと主張している。そして、その賢者の石の作成法を書物に残してきた。その秘儀を書いているとされる錬金術書は現在にも様々な種類のものが多く伝わっている。

ただ、この秘薬を得たとする錬金術師たちの間では、この「賢者の石」を作り出す方法は、霊的に目覚めてない人々には決して教えてはいけない、最高の秘密とされるものだった。そのため、現在に伝わる錬金術書の、そのどれもが賢者の石の作成法について、寓意や象徴、暗号を用いて書かれているのである。

錬金術の理論

これらの秘密によって表された賢者の石の作成法は、現在でも未だ断片的にしか解明されていない。しかし、部分的に解明された作成法の中でも、多くの錬金術書に共通している考え方がある。ここでは、これから、その共通する部分を、簡単に解説していく事にしよう。

まず、錬金術師達の間では、不完全である物質を、叡智の技術によって完全にするためには、物質を形作っている構成を知らねばいけないと考えられた。この辺は諸説あるが、古来より伝わる四大元素の考えが基本的な理論として多く用いられることになる。物質は地・風・水・火の四大元素からなりたっているとの考え方が有力視されたのだ。

そして、この四大元素に更に、それらを成り立たせている全ての源たる「第一原質」(プリマ・マテリア)=霊の元素、が秘められていると考えられる事となる。これは、もう一つの第五元素「精気」(キンタ・エッセンティア)とも考えられ、全てはこの第一原質から成り立っているとも考えられた。

不完全な物質とは、この第一原質に加わった四大の要素のバランスが狂っているのである。そのため、錬金術師はまず物質を「哲学の卵」と呼ばれる密封された容器にいれ、「焼成」「溶解」「分離」などの複雑な工程を経て、極限まで第一原質に戻す作業をなした。

「分離」まで工程を経た物質は、対極性を持つ根源的な存在へと至る。この世のあらゆる物質には対極性があるのだ。光と闇、男と女、始まりと終わり、善と悪、熱と冷、父と母、太陽と月。世界はあらゆるものが対立しあっている。錬金術においては第一原質のこれらの対立を「聖なる婚姻」により統合させ、新たな誕生を目指す。この統合によって生まれたものが「AZOTH」である。

古い錬金術書では、この作業を太陽の王と月の王妃の合体によって生まれた子供として象徴する。AZOTHの言葉自体は全てのアルファベットの始まりの字A、英語やラテン語の最終文字Z、ギリシヤ語最終文字O、ヘブライ語最終文字Thの組み合わせから成り立った文字であり、始まりと終わりの統合を象徴する。そして、錬金術には重要な標語がある。「火とAZOTHを得るなら、汝は全てを得る」。錬金術師はこの対立の統合物から「賢者の石」を作る事を目指す。

錬金術の3原理

賢者の石の製造時には「水銀」「硫黄」の2つの要素が重要視される。また、これに「塩」とよばれる要素が加わると賢者の石の代表的な3原理と言われた。下にその象徴的記号を示す。

3原理

硫黄 水銀

これらの要素は現代において、一般的にその名で呼ばれてる物質を、そのまま指すものでは無い。まず、ここで水銀とされるものは錬金術師の間では「あらゆる金属の母」と呼ばれる象徴的な存在を指す。それは物質の水銀が金属でありながら水のような性質を持ち、熱すると容易に気化する事から、通常の金属では対立すると見なされる要素が、その中に統合されていると考えられたためだ。また、その統合の要素から水銀は「両性具有者」の象徴としても用いられる。

次に、硫黄は、物質のそれが激しく燃え上がる性質を持っているところから、象徴的水銀の変容の過程に欠かす事の出来ない火を提供する存在を、象徴的に硫黄と呼ぶようになった。そして塩は水銀と硫黄によって出来あがった物質を固定させ「賢者の石」に仕上げる存在の象徴である。ただし、錬金術書によっては、これらの意味としてでなく、先に解説した対立する要素として水銀と硫黄を用いている事もあるので、その点は注意されたし。

錬金術の4段階(黒化、白化、黄化、赤化)

賢者の石を作り出す作業では、「黒化」により得られた第一原質に、何回も火による加熱・冷却と浄化の作業が行われることとなる。その段階には黒化に「白化」「黄化」「赤化」を加えた4つの段階的方法があると言われる。これは、四大になぞらえた考え方だが、錬金術書によっては、段階に関する他の様々な考え方があったり、段階が4つであっても、それぞれの段階の中にも幾つもの複雑なプロセスが指示されていることもある。

まず、哲学の卵において極限まで第一原質に戻され、聖なる婚姻によって統合された賢者の石の原料は破壊され、死が訪れる。これを終えた原料は湿った熱によって腐敗・黒くなり、墓場のような悪臭を放つ。これが「黒化」の段階である。

次に白化において、原料は加熱されたり、冷却されたりと幾度にも渡る浄化が行われる。これらの行為によって、原料は洗浄され「白い石」になり成熟してゆくのだ。そして、白化の段階を終えた原料は、いよいよ黄化において成熟し黄金と化す。

しかし、この段階に留まらず、なおもより完成を目指す錬金術師は、さらに赤化と呼ばれる工程を経て、増殖した原料を賢者の石と化すわけである(ちなみに錬金術書によっては黄化と赤化の順が逆になってる場合もあるので注意する事)。こうして出来上がった賢者の石は、それを使う事によって卑金属を完全なる金属である金へと進化させたり、それを人間の体内に取り入れる事によって、完全なる不老不死の体へと変化させる事が出来るという。

錬金術の現代

その神秘的な理論で人々を魅了した錬金術も、18世紀に入り科学が発展し合理主義が世の中に広まると、いつしか人々から忘れ去られていった。しかし、近年になってこの忘れ去られた術に光を当てた人物がいる。心理学者C・G・ユングがその人である。彼は自身の心理学的研究において、この錬金術は物質を金に変換することにのみ目的があるのではない。その隠されたより重要な目的は、物質を金に変換する作業に人間の意識の象徴的な変容過程を見出し、人間のこころ(魂)をこそ、金に象徴される段階へと高める事がその目的であったのだとして、人々に改めて、その真の価値を問いかけた。


□学徒は上記を記憶・理解すること。ここでの学習のポイントを
まとめると下記になる。

・錬金術の四過程を記憶すること。
  黒化→白化→黄化→赤化
  (黄化と赤化が逆になる場合もある事も記憶する事)
・錬金術の3原理を記憶すること。
・AZOTHの意味を記憶すること


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