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アダムとイブ

アダムとイブ

楽園を追放されるアダムとイブ(ギュスターヴ・ドレ画)

聖書における、はじまりの人間

旧約聖書に記された、最初の人間の男女として有名なものたちである。旧約聖書では、彼らは最初、主(神)によって造られ、楽園「エデンの園」に純真無垢な状態で暮らしていたとされる。しかし、蛇(サタンやルシファーが姿を変えたものであるともされる)にそそのかされ、食する事を禁じられていた善悪の知識の木の実を食した為に、主の怒りを買い、原罪を負いエデンの園を追放されてしまうといった話になっている。

世界で最も長い間読まれ、広く知られている書籍である「聖書」に登場する始まりの人間という事で、アダムとイブについては西洋の神秘伝統でも多くの人々の間で議論や考察が為されてきた。「エデンの楽園」とは何であるか?。また、アダムとイブを堕落させた「蛇」とは何者であるか?。何故、全知全能であるはずの主は蛇の悪事や人間の堕落を事前に見通せなかったのか?。そして、アダムとイブの楽園からの追放とは一体何を意味しているのか?。などなど、人々のこれらの主題への研究興味は尽きなかったのである。

アダムとイブの故事の神秘伝統的解釈

ここでは学徒の参考の為に、「楽園」という事柄について考えられている2つの解釈を紹介しておこう。「楽園」に関して、一般にもよく知られている考え方としては、それは人間の魂の純粋完全なる状態を示しているとのものである。この場合、主は彼らをエデンの楽園に住まうにふさわしい純粋完全なるものとして創造されたと考える。しかし、彼らは蛇にそそのかされ主に背く行為により堕落してしまう。主は怒り、彼らは楽園より追放され「原罪」をその身に負った。この「原罪」という概念は日本人には理解しにくいものがあるが、西洋の神秘伝統ではとても重要な概念なので、学徒も様々な関連書を読むなどして、よく理解しておいてほしい。そして、この考え方では基本的に人間は、主からの赦しと救いを得るまで、主の側に行くことは叶わない罪深い哀れな存在とされる。

一般的には上のような考え方が主流だが、神秘伝統としては逆の考え方も伝わっている。その考え方では、人間は主に似せて造られエデンの園で暮らしていた。しかし、主はそのままでは彼らが霊的な成長が出来ないと考えたのである。そこで、主は蛇を使って人間達にあえて知識の木の実を食わせたとするのだ。この話では、エデンに植えられていたもう一つの木である、「生命の樹」の秘密を人間が解いたとき、人間は霊的に神の如きものへと成長し、エデンの楽園へと帰る事が出来るのだという。

聖書における謎の記述

アダムとイブに関して知っておきたい事としては、次のような事柄もある。彼らは現在一般的には、旧約聖書に記された"最初の"人間であると考えられているが、しかし、実は旧約聖書をよく読むと、そこには2回、人間を作る記述がある事を見つける事ができるのだ。まずは世界創造の第6日、「創世記」第1章26節に「神はまた言われた。「われわれのかたちに、われわれにかたどって人を造り、これに海の魚と、空の鳥と、地のすべての獣と、地のすべての這うものとを治めさせよう」」、27節に「神は自分のかたちに人を創造された。すなわち、神のかたちに創造し、男と女とに創造された」とある。

しかし、実はその後の世界創造の第7日にも、「創世記」第2章7節「主なる神は土のちりで人を造り、命の息をその鼻に吹き入れられた」、8節「主なる神は東のかた、エデンに一つの園を設けて、その造った人をそこにおかれた」、21節「そこで主なる神は人を深く眠らせ、眠った時に、そのあばら骨の一つを取って、その所を肉でふさがれた」、22節「主なる神は人から取ったあばら骨でひとりの女を造り、人の所へ連れてこられた」、23節「そのとき、人は言った「これこそ、ついにわたしの骨の骨、わたしの肉の肉。男から取ったものだから、これを女と名づけよう」」とあり、この矛盾する記述は古くより論議の対象となってきた。

これについて西洋神秘伝統では、最初の存在は「われわれ」にかたどって「男と女と」に創造されたとあるところから、それは肉体的人間では無く、霊的両性具有人間「アダム・カドモン」であるとして説明することが多い。また、一部の伝承では、最初に生まれた女はリリスとされている事もある。そして、次に生まれた、物質としては最初の人間がアダムとイブであるとしているのだ。しかし、それでも旧約聖書では他にもアダムとイブが最初の人間とするにはおかしな記述が多い。

例えば、アダムとイブからは、まずカインとアベルという子供が産まれたとされている。しかし、カインとアベルは仲違いし、カインはアベルを殺してしまう。その後、主の怒りを買った時にカインが言った言葉には「あなたは、きょう、わたしを地のおもてから追放されました。わたしはあなたを離れて、地上の放浪者とならねばなりません。わたしを見付ける人はだれでもわたしを打ち殺すでしょう」とあり、彼らの他にも人がいるかのような記述がある。また、その後のカインもそれまで記述の全くなかった妻を娶ったりしている。

これらは、聖書に書かれていることは、すべて聖なる真理であり、間違いなどありえないとする宗教的・盲目的な考え方を基準とするから、おかしなことになるのである。実際、現在の聖書の歴史学的研究からすると、これらのおかしなところについては、ヘブライの民のルーツを神話化するために作り上げられた話であり、また、旧約聖書自体も様々な文書が混ざり合わさって現在のような形ができたため、文章が一貫していないところが多くなってしまったとの見方が一般的である。

その他の伝承

他にIMNの学徒が知っておきたい事としては、アダムがエデンを追放されるときには、それを憐れんだ天使から2つの霊的叡智、「カバラ」と「錬金術」を授かったとの言い伝えがある。この2つをマスターすれば、再び、楽園エデンの園に帰ることが出来るとされたのだ。また、同じくエデンを追放されるときに天使が一冊の書を授けてくれたという伝説もあり、それは「ラジエルの書」と言われるともされている。以上、アダムとイブに関しては様々な話が伝わっており、西洋神秘伝統の重要な要素の一つとなっている。学徒も各自で、このアダムとイブの話について、よく調べてみるとよいであろう。


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