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カバラ十字

カバラ十字

式次第

・直立。東を向く。自分が巨大になる事をイメージする。自分の頭は宇宙空間にまでそびえ、足元には地球がボールの様に小さい。
・額に中指を触れ、「Atah」(アテー)と唱える。ケテルの光をイメージ。
・指をみぞおちに引き降ろし、「Malkuth」(マル・クート)と唱える。ケテルの光が背骨を突き抜け、足元まで降り、地球の中心まで行くのをイメージする。
・指を右肩に移して、光が宇宙の南方から飛び来るのをイメージ。「ve−Geburah」(ヴェ・ゲブラー)と唱える。
・指を左肩に移して、光が宇宙の北方へ飛び去るのをイメージ。「ve−Gedulah」(ヴェ・ゲドラー)と唱える。
・手を胸の前で組み、「Le Olam Amen」(ル・オラーム・アーメン)と、唱える。

解説

・この儀式はカバラ的な象徴を用いた十字の切り方である。西欧の神秘伝統では流派により、この他にも様々な十字の切り方が用いられるが、ここでは、そのうち一番よく知られているこのカバラ十字の方法を紹介する。

・カバラ十字は、実践学習を始める際と終える際に行なう事が多い。日常的な意識と変性的な意識の切替えの合図的な意味も持ち合わせている。また、この儀式は「身体光輝化」とも呼ばれる。想像により呼び出した光で身体を包むためである。

・十字を切る際、魔術用の短剣を持っているものは、それを用いて行なう。まだ短剣を持ってないものは、右手で剣印を作って、それで十字を切ってもいい。剣印とは、手をジャンケンのチョキの形にして、人差し指と中指をくっつけたものである。

・生まれた由来はともかく、ここで行なわれる十字切りは、キリスト教の十字とは関係無いものとする。十字は本来、陽と陰、光と闇、創造と破壊などの相反するものの調和の印である。この十字切りは、それを、この我が身に体現させるのだ。

・人間の意識あるいはイメージの世界では、姿形はその秘められし力を象徴的に現す。意識の世界は人間の能動的意志に敏感に影響を受ける。巨大化せし自分を想像する事は、この大宇宙に意志を発する大いなる自己の力を顕現させる事へと繋がる。

・このカバラ十字で使われる言葉の意味は次のとおり。「アテー」=汝。「マルクート」=王国。「ヴェ・ゲブラー」=峻厳と。「ヴェ・ゲドゥラー」=荘厳と。「ル・オラーム・アーメン」=永遠に。かくあれかし。

・けれども、普通の日本人にとって上の言葉の意味は解り難いだろう。よって、日本人がこの儀式を行なう場合、ある程度自分なりの解釈、意味付けをする必要がある。個々人によって違いは出ようが、これをこのサイト流の実践解釈では次のように解釈している。まず、「アテー(汝)」は、内なる真の自己の意志への呼びかけを示す。「マルクート(王国)」は、その真の意志の物質的顕現たる自分を示す。「ヴェ・ゲブラー」と「ヴェ・ゲドゥラー」は、陽と陰、明と暗、峻厳と慈悲、能動と受動という、この世界の対極する2つのエネルギーの繋がりを示す。そして、「ル・オラーム・アーメン」は、自己の真の意志を永遠にこの世界で調和させ実現せん事への祈りを示す。

・カバラ十字の詳細な視覚化的イメージは次の通り。上下に伸びる棒は、頭上遥か彼方の一点から降り注ぐ光が頭くらいの大きさで体を通り抜け、そのまま地球の中心まで届くのをイメージする。南北に伸びる光の棒は、自分の肩からみぞおちくらいまでの大きさで南の遥か彼方から北の遥か彼方まで続くのをイメージする。そして、その光の棒が交差し、とても強い輝きを発している、みぞおちの少し上に深紅の薔薇が輝くのをイメージする。

・古き教えには、みぞおち辺りの心臓部には、人間の「心」が位置すると言われる。現在の科学では人間の思考は、脳で作られるとされているが、この隠されし秘密を考えて欲しい。そこに咲き誇る深紅の薔薇は人間の精神性の象徴であり、身体を貫く十字は人間の物質性の象徴である。この十字切りは、その精神性と物質性の調和をも意味する。

・言葉は喉の奥で振動させながら唱えること。その際、振動を体中で感じるように努める事。上達してくると、言葉の振動が物質的身体だけでなく自らの微細な身体をも振動させる事に気がつくだろう。そうなったら、その振動を回りの空間にも影響させるように感じること。

・十字を切るときは体をあまり緊張させないこと。不必要な緊張は実践学習では好まれざるものである。十字を切るときは視線は真っ直ぐにしておく。眼は空けてても閉じてても構わない。

・流派によって、この十字の切り方はいろんな方法がある。各自、研究して欲しい。


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