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ユング心理学について5

ユング心理学について5


(老賢者のイメージ。C.G.ユング「赤の書」より)

元型

ユング心理学では、その特色として「元型(archetype)」という考え方を持っている。この「元型」とは人間が、そのこころに持っている、ある「型」あるいは機能、作用点、パターンなどとして考えられるものを指しているものとされた。そして、神秘行的にもこの考え方は重要視されることになる。

この「元型」について解りにくい場合は次のように考えてみてほしい。まず、人間は生物としてこの世界に存在する以上、その意識に共通する様々なパターン的なものを持っている。例えば、人間が生まれるためには「父」と「母」が必要になるだろう。そのため、基本的に人間はそのこころに「父」と「母」といったイメージによる元型としての「力」が本来的に刻まれている。また、生まれた人間はやがて「自我」というものを持つようになる。これも典型的なこころの機能として一つの「元型」として考えられている。

他にも人間は成長に応じて「赤子」「子供」「少年」「青年」「壮年」「熟年」「老年」などの時期があり、人間はこれをその発祥から何世代にも渡って繰り返してきた。そのため、人間のこころの奥底にはそういったイメージを通した元型的な「力」が刻み込まれている。また、人間はその性別に応じた育てられ方をすると、自分に欠けた意識の部分を求めるようになる。いわゆる「恋愛」であるが、これも人間の発祥から何世代にも渡って繰り返されてきた事柄であり、人間のこころの奥底にはそれらのイメージを通した元型的な「力」が刻み込まれているのだ。

「元型」それ自体は、そのほとんどが無意識の中にある「力」あるいは機能の為に、表の意識に認識される事はほとんど無いとされている。しかし、これらの元型が、個々の人間の意識に様々なパターンを持ったイメージとして現れる場合がある。その多くは夢などを通して現れるのだが、それは「元型」がその人間のこころに働いている事を示す「イメージ」、つまり「元型イメージ」として捉えられる。これらの事から「元型」は人知れず心の奥底から人間の表の意識に認識され得ない影響として働いている事を知ることが出来るのだ。

古くにおいては、この元型は神話に登場するキャラクター(神々や英雄)や象徴的な事物などのイメージとして説明されることが多かった。先に学習した「タロット」も、この元型イメージを示す代表的なものといえよう。そして、現在、特に日本においては様々な物語、小説や漫画、映画、アニメなどにおいてこの元型イメージは多くの現れ方をする機会を得たといえるのだ。

自我、ペルソナ、シャドウ

では、これ以後は元型の代表的なものを説明していこう。まず「元型」の中でも、一番人間が日常でも頻繁に体験しているのが「自我」「ペルソナ」「シャドウ」というものであろう。「自我」とは、普段、われわれがこうしたいとか、あれにたいして自分はこう思う、とか考えているこの「自分」という意識を指す。元型は基本的に無意識にあるものだが、例外的にこの「自我」は意識内にある元型とみなされている。人間ならば基本的には誰もが認識するこころの機能、「元型」であるものとされるのだ。

次に「ペルソナ」とは人間が社会で暮らしていく時に、他者に対して接する役割をあらわす顔であり、その仮面としての機能を指す。例えば、ある女性は、その両親に対しては「娘」として接し、先生に対しては「生徒」。友達に対してはその「友人」。子供に対しては「母親」という役割として接する事もあるだろう。人間というものは本来一人の人物でありながらも、こういった形で、様々な人に対して様々な顔を使い分けて接するものである。この様々な顔を象徴的にあらわした仮面としての機能を「ペルソナ」元型というのだ。ただ、このペルソナはユング心理学を研究するものの中でも意見が別れ、元型の範疇には含まれないとする研究者もいるので、注意されたし。

そして「シャドウ」とは、その人の心の中に潜む、自我とはもう一つの別の自分を意味する。それは、表に出ている自分と対極にある、今まで抑圧していた「影」としての自分を指すのだ。以上、自我やペルソナ、シャドウなどの機能は、社会に対応するための「外的」な意識の機能としての「元型」といえるものであろう。

アニマ・アニムス

これらの外的な意識に対して、次に人間が体験するのが「アニマ」「アニムス」という「内的」な意識としての元型である。人間は生物として生まれたときに、その性別が決定されてしまう。そして、この社会で暮らしていく以上、外的には、社会が求めるその性の役割を果たして生きていく事になる。その為、外的な心の働きは、男性ならばその社会における「男」らしく、女性ならば「女」らしく作り上げられるものである。

しかし、人間の生命体としての心は本来「全」的なものであり、社会的に性別に応じたかたよった意識の育てられ方をすると、その対極にある異性的な心の働きを常に求めて生きるようになるのだ。この異性的な心の作用を「アニマ」「アニムス」元型と呼ぶ。このうち「アニマ」は男性の中に潜む女性的な心、内なる女性像を意味する。対して「アニムス」は女性の中に潜む男性的な心、内なる男性像を指す。

トリックスター、グレートマザー、オールド・ワイスマン

ここまで説明してきたのは個人としての人間の元型、心の作用だったが、以後は人間の生物としての「種」に共通するものとしての元型の段階へといたる。まずは「トリックスター」と呼ばれる元型が挙げられる。これは、この世界の構成された秩序を面白半分に引っ掻き回す存在としてイメージされるものである。秩序に安穏としているものにとっては、これほど苦痛をもたらすものは無いだろう。しかし、トリックスターは、決まりきって硬直してしまった世界に、新しい可能性をもたらす存在でもあるのだ。

次に説明する元型は「グレートマザー(太母)」と呼ばれるものである。これは、「母」としてのイメージを指すものだが、しかし、人間個人的な母としてのイメージに留まらず、生命体としての「母」のイメージまで含めたものと言えるだろう。全ての生命をはぐくみ育てる光としての面だけでなく、生命体が死を迎えた場合、その全てを飲み込むという、闇の面も持つ偉大なる「母」なのである。

次に「オールド・ワイスマン(老賢者)」として呼ばれる元型が存在する。これは基本的に年老いた賢者として、その秘めた叡智の力を持って、全ての人を導く存在としてイメージされるものである。根源から流れ出ずる、この世界を創り上げる創造の意志としての溢れる力の顕現が人間的イメージを纏ったものであるとされるものだ。


□学徒は上記を理解・記憶すること。


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