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瞑想について2

瞑想について2

当教育コースでは、これから長い期間に渡って瞑想についての実践学習を行っていってもらうことになる。ここでは、瞑想を学習していく際に知っておきたい知識について少し説明しておこう。

瞑想を始める為に

まず、瞑想という実践学習を行うには基本的に一定時間、一人きりになれる環境が必要であろう。これに関して元々、自分専用の部屋を持ち、毎日の時間に余裕を持っているような学徒は、特に問題ないと思う。しかし、多くの学徒は、瞑想の実践学習を始めるにあたって、まずは、どうにかして一人きりになれる時間と部屋の用意を考える事から、はじめなければいけない事も多いだろう。

もし、必要な環境がどうしても準備できないという学徒は、教育担当まで相談してみてほしい。その場合は、学徒は教育担当と一緒に学徒の環境に合った、特別な学習方法のカリキュラムを考える事になるだろう。その際には学徒自身の柔軟な考え方、創意工夫がとても重要なものになる。例えば、幾ら日常が忙しいと言っても多くの人は毎日トイレで10分間こもる事くらいは出来るだろう。そういった時間を瞑想にあてるカリキュラムを作ることもできるのである。少ない時間で学習の進捗は遅くなるかもしれないが、それでも少しずつ実践学習を行えば、ちゃんと進歩はあるのだ。

神秘行の学習において重要な事は、既成概念に囚われない学習方法を自らで考え出すことである。どうにかして、学徒自身も毎日の生活のすきまを見つけて、学習を少しずつでも進めていくという考え方を身に付けてほしい。

瞑想時の環境と姿勢

瞑想を行う部屋の照明は基本的に薄暗くした方が良いであろう。学習に慣れて瞑想の深度が進むと、体温が低くなってくる事も多いので、部屋の温度はエアコンなどを使用して少し暖かいくらいにしておく事。また、衣服は体を締め付けないゆったりとしたものに着替えておくのが、よいであろう。姿勢は各種瞑想によって、様々な形で行う。意識化やこの先で学習する逆向き瞑想は床に寝て行うし、軟酥の法や能動瞑想、受動瞑想は椅子に座るか床に座るかして行うことになるだろう。それぞれの各STEPの教育用文書の指示に従うこと。

瞑想時の眠気について

多くの学徒は、仕事・学業などと本教育コースを併学する事になると思う。その場合、瞑想は一日が終わって夜、一安心して寝る前に行う事も多くなるだろう。しかし、そういった時間帯に瞑想を行うと、日中の疲れもあって眠気に悩まされる人も出てくると思う。眠くなった場合の対処法については、それぞれの瞑想法によって違うので、これも基本的には各STEPの教育用文書の指示に従うこと。一応、前もって大まかに説明しておくと、意識化や軟酥、逆向き瞑想などは、瞑想を行っている途中で、そのまま寝入ってしまっても構わない。能動・受動瞑想は、その性質上、我慢できるなら我慢して瞑想を続けた方が良いであろう。もし、これらの瞑想を行っていると、どうしても途中で寝てしまうという学徒は、朝、早めに起きて瞑想を行うなどの工夫も必要になると思う。

瞑想と心身の関連性について

アーサナのSTEPでも触れたが、瞑想を行っていると身体の歪みが意識の状態に影響を及ぼしているのが、よく解ってくる。瞑想を行う前には、アーサナのSTEPで紹介したような軽い背骨の歪みを直す運動などを最低限、行うようにした方が良いであろう。また、瞑想では、ずっと同じ姿勢を長時間取ることになるが、その為、身体の気血の流れが滞る事も多くなるだろう。瞑想をおえた後は気血の流れを良くする導引を行っておく事。自らの身体によく気を配り、その状態を整える事こそが、心や意識の状態を整え、質の高い実践学習を行う事にも繋がることを認識してほしい。

日常の過ごし方について

この先、瞑想を集中して実践学習する段階に入ると、普段から意識が内側の方向へと向かいやすくなる。その為、日常の生活に軽い運動を取り入れるなどして、身体の感覚をよく感じるように心がけること。また、普段から綺麗な景色を見たり、自分の気に入った曲を聞いたり、アロマなど良い香りでゆっくりリラックスするとか、贅沢でなくとも美味しい食事を取る等して、五感を刺激し磨くことも心がけてほしい。

瞑想の危険について

一般的にはあまり知られてないが、実は瞑想の実践には危険な面もある。殆どの人にとっては瞑想が大きな危険をもたらす事は無い。しかし、稀に先天的あるいは後天的に通常の人とは違った精神状態になっている人もいる。そういった人の場合、通常の人では特に問題ないような瞑想の学習でも、精神にダメージを負ってしまう場合もあるのだ。

学徒の中には、ただ目を瞑って何かを考えるだけの行為に、どんな危険性があるのか?と考えてしまう方もいるかもしれない。瞑想はよく精神のスポーツといわれるが、逆に肉体におけるスポーツを例にとって見ると、この危険性も理解しやすくなるかもしれない。例えば、どんなスポーツでも元々、心肺機能などに病気があるものがその事を考えずに激しい運動をすれば、命に関わる事故に繋がる事は容易に考えられるだろう。また普通の人でも、準備が出来てないのに無理をしたり、変な方法で身体を動かせば怪我を負う事も多くなる。

精神のスポーツと言われる瞑想も、こういった肉体のスポーツと同様な危険を持っているのだ。精神的に不安定な状態だったり、遺伝的に通常の人と違う精神の特性を持っている人が何も考えずに瞑想の実践法をすれば、精神に大きなダメージを負ってしまう事もある。また、変な方法で瞑想を行えば普通の人でも精神に障害(怪我)を負ったりする事もあるのだ。

こういった瞑想における危険面については、学徒にもよく認識しておいてもらいたい事であるので、下記に、この業界でよく言われている危険な点を箇条書きに纏めてみた。当教育コースでは、こういった点にも気をつけて、実践学習のカリキュラムを組むようにしている。基本的に学徒に危険性が無いようには考えているのだが、しかし、全ての人に安全な学習法を作ることは不可能である。学徒も自分自身で、こういった点に気をつけながら瞑想の実践学習を行うようにしていってほしい。

不随意な現象

瞑想という実践学習は、様々に意識を変化させる方法を用いる。その中には普段では理解できないような、特殊な状態を用いる事も多々ある。例えば、普段活発に考えている言語思考的な表層意識を緩めるといった方法を取ったり、矛盾する主題を元に強い集中を行ったり、肉体に強いストレスをかけたりするものなどがある。

しかし、人の中にはそういった普段の意識とは違う状態に入ったりすると、心の中から不随意なものが出てきやすくなる人もいる。例えば、瞑想をはじめたら声が聞こえてきたとか、霊的なものが見えるようになったりという体験が、この業界では時々聞かれる。もし、教育コースの学習において、そういった事柄が起きだしたら、学徒は必ず瞑想などの行を即時中止して、教育担当まで相談すること。

瞑想時の精神的動揺について

同様に瞑想で表層意識が緩むと、学徒によっては、何かのきっかけで様々な過去の記憶が思い出されてくることもある。その際に、過去の嫌な事、トラウマに下手に触れようとすると、場合によっては激しい動揺や感情的爆発を引き起こす事もある。こういったトラブルを経験すると、後々まで精神的に不安定になる事もある。瞑想を行っている際に、何らかの昔の嫌な記憶が蘇ってきたり、激しい精神的動揺を感じたら、これも上記と同様にすぐに瞑想をやめ、教育担当まで相談すること。

シナリオ瞑想時の注意

教育コースでは、シナリオを使用した瞑想学習も行うが、学徒によっては、その瞑想の途中でシナリオにあるもの以外の何かが見える場合もある。そういった場合、その扱いに関して何らかの指示を受けてなければ、見えても気にしない事。たいていの場合は無視して、本題のシナリオを追っていたら、そういった存在は消えるだろう。

もし、どうしても気になったり、そういった存在が自分に邪魔をしてきたりするまでの事が起きるようだったら、とりあえず瞑想はそこで中止して、これも、教育担当まで相談すること。進んだ段階に至ると、そういった存在の扱いも学習してもらう事になるが、基本的には初歩のうちは無視することである。

現実感の喪失

瞑想に慣れてくると、瞑想時の風景がとてもリアルになったり、現実より鮮やかに見えるようになることがある。そういった場合、現実へ戻ってきても、いつもと変わらない感覚で活動できるなら良いが、現実が醜く思えたり、低次のものに思えたりして嫌になったりする事もある。そういった場合は、しばらく瞑想学習を中止すること。

「自分を観る覚めた意識(眼)」を持つ

当教育コースの通常のカリキュラムでは、学徒に実施してもらう事は無いと思うが、毎日、瞑想を中心とした神秘行の実践学習だけを集中して行う特殊な生活を送ると、意識に関する様々な不思議な現象に遭遇する。教育担当も一時期、そういった期間を持った事があるが、よく変な現象を経験した。

多重夢をよく見たり、様々な心霊的現象が身の回りで起きたり、頭が何かと繋がったような感覚になり、そこから何かが流れ込んできて、頭の中で思いもかけない言葉に変換されたり、ある事をきっかけに強い至福体験を経たかと思えば、頭を構成している意識が崩れる感覚がして気が狂いそうになったり、寝ている間中、何か別の意識が寝ている自分を観ている感覚があったり、目を瞑ると自分の顔の横にいつも自分の崇拝する神の顔が出てきたりしてテレパシックなやり取りをしたりなど、他者から見ると電波そのものな経験を頻繁にした。

こういった数々の体験から、神秘行を進めていく為には、非常に重要な事があると教育担当が感じた事がある。それは、こういった体験をしても、それに呑まれてしまわないようにする「自分を観る覚めた意識(眼)」を持つという事なのだ。当教育コースでは、学徒に実践学習だけを集中して行うような特殊な期間を持つ事は指示しないが、この「眼」については、実践学習で少しずつ意識に育んでいってもらう事になるので、その旨、知っておいてほしい。

神秘体験

上記とも関連するが、瞑想を行っていると、たいしたレベルの瞑想でもないのに、たまにその瞑想の目的とする事とは別の神秘体験などが起きることもある。例えば、何らかの霊や神などの啓示を受けてしまうこともあるかもしれないのだ。しかし、元々、意図していなかった神秘体験が起こった場合は、そこで瞑想を打ち切り、これも教育担当に相談すること。瞑想中に自分から何らかの神秘体験を求めようとしないことは、とても重要な事である事を認識しておいてほしい。


□学徒は上記を理解・記憶すること。


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