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占星術について

占星術について


(http://en.wikipedia.org/wiki/Astrologyより)

古来より、人々は天空に輝く星に様々な形で思いを馳せてきた。あるときは、農業を営むための暦として。あるときは様々な物語を紡ぎだす神聖なる場として。そして、あるときは、自らの未来をそこに垣間見ようとして・・・。

占星術のはじまり

古代の人々は、毎日同じ時間に夜空を見上げても、季節が移ろう毎に星々が少しずつ、その位置を移動させるのに気がついた。そして、ほとんどの星は一年たつと、同じ位置に帰ってくる事も見つけた。これらの星は天空にあって、常に配置を変えない星という意味で、後に恒星(Fixed Star)と呼ばれるようになる。そして、それらの星々の変わらない配置に、自分たちの想像するもの(人物や動物、物、自然など)を当てはめた。これが星座(Constellation)と呼ばれるものである。そして、それらの由来となる話も考えられ、人を越えた存在達の活躍する、それらの話は現在にも伝わる様々な神話になっている。

また、恒星の中にあって、ひときわ明るく輝きながら、日々、恒星とは違う移動を行っている不思議な星も見つけることとなる。この存在はある時は進み、ある時は逆行したりと不規則な動きを見せたところから、恒星とは違う特別な存在とみなされた。これらは後にplanet(さまようもの)、日本語では惑う星=惑星、あるいは遊星と呼ばれるようになる。この惑星が、様々な星に近づいたり、離れたりするところを見て、古代の人々は直観的に自分たちの運命をそこに見たのである。原始的な占星術のはじまりといえよう。

占星術が行われ始めた初期においては、現在みたいな統一化された星座などの考え方は存在せず、地域や時代によって様々な星座や惑星に対する見方があったと考えられている。その為、占星術の姿も現代とはかなり異なり、様々な理論による様々な占い方がされたと見られている。

1年が太陽と共に巡ることを理解した古代の人々は、天球において太陽が通る道「黄道」というものも発見した。そして、黄道を霊的に特別な意味を持つ「十二」という数字により領域を分け、それぞれに意味をあてはめた。これが黄道十二宮のはじまりとされている。また、長い年月をかけて、惑星が黄道の近くで不思議な動きをしつつも、ある周期でその動きが繰り返されている事を解明した。

この黄道十二宮や、星々と惑星の関係性が考えられ出したのが、古代バビロニアの時代辺りとされている。この時代の占星術は、主に国家をその占いの対象にしていたが、その後、この理論は古代エジプトや古代ギリシアへと伝わることになる。そして、ヘレニズム時代の辺りに、個人の運勢を占う現代の占星術の基礎的な理論が発展したとされている。

現代の占星術

現在、一般的には占星術というと、1年を12の期間に分け、その人の生年月日から対応する星座を元に、その人の今日や明日がどんな運勢であるか?という見方をすることが多い。しかし、これらは一般的な人向けに作られた、かなり大雑把に行われる占い方である。正式な占星術を行う場合は、その個人の生年月日と生まれた時間、生まれた土地を元に、天宮図(ホロスコープ)と呼ばれる惑星の配置図を作る。そして、そこから導き出されたその人個人の惑星の位置や角度等を元に、その人の運勢や隠された素質などを探っていくのだ。

昔から、こういった未来を知ることが出来るとする占星術は、その性質上、”当たるのか当たらないのか?”といった疑問が多く投げかけられてきた。これに関しては、近代になり科学技術が発展してくると、科学者たちの間で、占星術の根拠となる星の影響力というものが実際に存在するものなのか、様々な検証がなされる事になる。その結果、現在では、太陽や月を除いた恒星や惑星は、人間に影響するようなエネルギーは出しえないとの考え方が、科学界の一般的な考え方になったといえよう。そして、一般社会では占星術は迷信だという考えが主流になってしまった。しかし、この考え方に別の見方を唱えた人物がいる。それが、ユングである。彼の唱えた理論は、占星術とは人間の心における、ある種のエネルギーの動きを解明するための一つの方法なのではないか?という考え方を生みだす事になったのだ。

統合神秘行では、このユング心理学を元にした占星術の考え方などは必須知識となるので、学徒もまずは、基本的な占星術に関する本を読むなどして、その用語や考え方に馴染んでおいてほしい。


□学徒は上記を記憶・理解すること。ここでの学習のポイントを
まとめると下記になる。

・占星術の概略を理解すること。


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